3章 かわいい人工物の系統的計測・評価方法
https://gyazo.com/225a38f4c453f85443f9716ea645f4ee
3.1 簡単な予備調査
四方田犬彦における男性中心視点への違和感から、以下の仮設を立て、これを検証する目的で、2007年6月に調査 仮説
日本の男性(特に中年以降)は「かわいい」を人間や生物やそれらのフィギュアやキャラクタなどに対する形容詞としてとらえる傾向があるのに対し、日本の女性はそれらだけでなく物の属性としても「かわいい」を感じる
a. 調査方法
4種類の形のマグネットを提示し、アンケート
https://gyazo.com/a51ec7435ed25506003b04d12505cc0b
4種類をかわいい順に並べる
並べられない場合にはその理由
10点満点でそれぞれに点数
点数がつけられない場合はその理由
点数を記入し、その理由
特にこれまで動物や女性のみを対象に「かわいい」という形容詞を使用してきた調査対象者にとって「マグネットに"かわいい"の点数をつけてください」と言われてもとまどうだけであることが予想された
この調査では「かわいい」程度の点数をつけてもらう前に、まずかわいいと思う順に並べてもらうことで、その敷居を下げる試み
「並べられない」「点数がつけられない」という選択肢も用意した
b. 調査結果
20代前半の男女と50代前半の男女それぞれ10名ずつ
table: 「かわいい順に並べられない」または「点数がつけられない」調査対象者数(人)
50代男性 50代女性 20代男性 20代女性
A 0 0 0 0
B 3 2 2 2
C 0 0 0 1
D 2 0 2 0
これらの評価を0点として、4種類のマグネットのそれぞれに対し、調査対象群ごとの平均値を算出した結果
https://gyazo.com/0953e1c77e8db9402a9f317e5bea682d
マグネットA(ネコ)
どの調査対象群においても「かわいい」という評価が高かった
理由は老若男女を問わず、「ネコが好きだから」「ネコはかわいいから」という記述が多かった
マグネットB(ジグソーパズル)
4種類の中で最も「かわいい」という評価が低く、特に50代男性で非常に評価が低かった
また、20代の男女では、評価が高低に二分される
高評価の理由は「正統派な感じが良い」「ちょっとこった感じなのでおしゃれでかわいい」
低評価の理由は「パズルのピースはかわいくない」
マグネットC(クジラ)
Aについで「かわいい」という評価が高く、特に50代女性で評価が高かった
ある程度高評価だった理由は「動物だから」「クジラだから」
マグネットD(ハート)
評価で最も男女差が大きく、男性の評価は女性より低かった
評価の理由は高低に関わらず「ハートだから」
50代男性「この年でハートは辛い」
c. 考察とまとめ
50代男性は動物型の人工物のみを「かわいい」と評価し、20代女性はそうでない形の物も「かわいい」と評価する
50代の男性はネコ型とクジラ型のマグネットのみを「かわいい」と評価したの
20代女性はクジラ型とハート型の「かわいい」の評価がほぼ同じだった
パズルピース型も「かわいい」と評価する層が20代男女に存在した
「かわいい」という感性価値は、この調査を行った当時はまだ「価値」として多くの人々に認知されているとは言えないものの、若い男女には肯定的に受け止められており、その将来性に期待の持てることが確認できた
20代男性もハート型マグネットの評価は低かったが、パズルピース型については20代および50代の女性と差がなかったことから、50代男性ほどは動物型にこだわっていないことがわかった
さらに全体として50代女性の評価点が高かったことや理由の記述内容からこの調査対象者群が「かわいい」という概念や言葉に対して最も抵抗がない可能性も示唆された
3.2 かわいい色や形
「かわいい」という感性価値に関係する物理属性には色々あると考えられる
まず最も基本的と考えられる色と形に着目
「色という物理属性のみ」「形という物理属性のみ」でも「かわいい」と感じるかを確認するために実験
https://gyazo.com/d0d64fb4933dfd5f49e974d80580d297
photoshopの基本図形12種類
https://gyazo.com/52eb29fc75e0bd6db595301367703a73
それぞれから最も
さらに、色と図形を組み合わせで最もかわいいと思うものも選んでもらう
以上の実験を20代男女各20名に実施
https://gyazo.com/b55b8d3fd6a9eba0a7dae50b9d2d7ed5
https://gyazo.com/01c7adac97f4159887646dd786999da5
結論
「かわいい色」「かわいい形」という概念はありうる
色については寒色系より暖色系、形は直線形より曲線系が「かわいい」と評価され、大きな男女差はない
https://gyazo.com/6d82a3430d58a18f6187323b36f00bfb
なお、例えば「色は黄赤・形はクラブ」の組み合わせを選んだ4名それぞれの「最もかわいいと思う色」と「最もかわいいと思う形」の選択結果
色は黄緑、形はクラブ(E)
色は黄緑、形は雲形(C)
色は黄赤、形は雲形(C)
色は赤緑、形は円(G)
組み合わせにおける選択結果とまったく一致した実験協力者は1人もいなかったが、「色については寒色系より暖色系、形は直線形より曲線系」という結果に変わりはなかった
3. バーチャルオブジェクトにおけるかわいい色や形
筆者らの最終ゴールは「かわいい人工物を構築すること」
代表的な人工物である工業製品は、通常3次元物体
そこで2次元平面上の色と形に着目した実験を3次元物体に拡張した実験を行うことにした
バーチャル空間提示システムを利用して。、かわいい3次元物体の形や色の条件を明らかにする実験を行うことにした
a. 実験方法
3dsmaxの3次元基本オブジェクトのうち6種類と2次元の5種類を加え、それぞれ赤、青、緑の3色
それらをランダムに実験協力者に見せ、どの組み合わせが「かわいい」と感じるか判断
2次元のオブジェクトも提示したのは、2次元の実験結果と結果を比較するため
バーチャル空間提示システム
https://gyazo.com/765c0f6e42d1b9fb0dec3c2bd47eddec
手続き
2次元または3次元のオブジェクトをすべて投影して、最も「かわいい」と感じた形を選び、その理由を説明してもらう
オブジェクトは様々な視点から見ることができる
この手順を赤・青・緑の3色で行う
最後に3色それぞれで選んだ3つのオブジェクトを提示し、その中から最も「かわいい」と感じられるオブジェクトを選び、その理由を説明してもらう
2次元と3次元(順番はランダム)に、同様に計4回の提示を行う
b. 実験結果
実験は20代の男子学生6名、女子学生6名の計12名を対象に行なった
3次元では珠や円環体、2次元では円やドーナツ形を「かわいい」と感じる実験協力者が多かったが、2次元では直線系の正三角形や長方形を「かわいい」と感じた者もいたことがわかる
これは2次元のオブジェクトが影の影響で曲線付に見えてしまったためではないかと推察される
その点を考慮すると、3次元でも2次元でも、曲線系の形が「かわいい」と感じられる傾向にあることがわかる
結論
曲線系の形を「かわいい」と感じている
暖色系の赤色より寒色系の青色や緑色を「かわいい」と感じている
3次元と2次元の療法で、かわいい形については前節の結果と共通しているが、かわいい色の結果が前節の結果とは異なっている
提示に用いた赤・青・緑の3色のオブジェクトの見た目の印象は、赤が暗く逆に緑の方が明るいため、この結果は妥当な感じもする
この矛盾点を解明する目的で、かわいい色についてさらに詳しい実験を行うことにした
3.4 かわいい色の詳細
3次元物体の色の要素を厳密に規定することにより、工業製品のような人工物の「かわいい色」に対する一定の結論を得る目的で、バーチャルオブジェクトにおけるかわいい色の要素について系統的な実験を行った
a. 実験方法
3次元ディスプレイを用い、円偏光メガネを着用して対象を立体視させる
マンセル表色系の基本の5色を選定し、次にそれぞれの色相に対して、3種類の明度と3種類の彩度の組み合わせで9種類の色を選定し、合計45種類の色を選定した https://gyazo.com/deb17b93cc9da13ce98b86c4dd4f3299
https://gyazo.com/eb5f6f81de19636ed1e2d40667612c85
色相別に9種類の色のうち3種類ずつ円環体オブジェクトを表示し、これらを立体視している実験協力者にどれが一番かわいいかを選択してもらう
https://gyazo.com/882ae5b5b37edc9868f6ba8e2e52059f
これを3回繰り返した後、それぞれで選択されたオブジェクト3種類を再度提示して、その中で一番かわいいオブジェクトを選択してもらった
ここで選択されたオブジェクトの色が、その色相で一番かわいいオブジェクトの色ということになる
以上の手続きを各色相について繰り返し、各色相で一番かわいいオブジェクトを選択してもらった
最後に各色相で選択されたオブジェクトを同時に表示し、その中で一番かわいいオブジェクトを実験協力者に選択してもらった
オブジェクトの形状は、前節の結果から円環体を選択肢、大きさや向きは常に一定とした
b. 実験結果
正常の視力または矯正後十分な視力を有する健康な20代の男子学生12名、女子学生12名の計24名を対象に行った
どの色相においても、明度の高い色ほど一番かわいいオブジェクトの色として選択する実験協力者が多かった
どの色相においても、彩度の高い色ほど一番かわいいオブジェクトの色として選択する実験協力者が多いが、明度ほどの差はなかった
どの色相においても、明度が中位で彩度が最高の色よりも、彩度が中位で明度が最高の色の方を、一番かわいいオブジェクトの色として選択する実験協力者が多かった
ただし、黄だけは両者に差がなかった
5種類の色相は、いずれも、少なくとも1名以上から一番かわいいオブジェクトの色相として選択されていた
一番かわいいオブジェクトの色相が紫だった実験協力者が最も多く、次に黄が多かった
ただし、紫を選択したのはほとんどが女性で、一方、緑や青を選択した実験協力者のほとんどが男性であった
さらに、各実験協力者の一番かわいいオブジェクトの色の選択の志向性を分析するために、各色相において選択された色の明度と彩度について、選定した色の値を元に主成分分析を行った 第1主成分の寄与率が26%、第2主成分の寄与率が20%、第3主成分の寄与率が13%、それらの累積寄与率が60%
https://gyazo.com/14fcd9f249bada59bcfd4067a1a48648
明度と彩度の志向性を分別する軸と解釈できる
https://gyazo.com/d1d60dd8733574db609cf1496ba8211e
緑への志向性と黄の明度への志向性を分別する軸などと解釈できる
https://gyazo.com/4be5d36816ff9717f9ae0ac238f8fc9e
主成分得点
https://gyazo.com/e0e42c59b0df4d75f2f2d04517348196
横軸: 第1主成分, 縦軸: 第2主成分
この図から、第1主成分と第2主成分の主成分得点が負の値を持つ(第3象限)のは女性のみであることがわかる
c. 考察
明度や彩度が高いほど選択されやすく、特に明度でその傾向が顕著
ただし、色相が黄の場合には、彩度も明度と同等
どの色相のオブジェクトも一番かわいいと選択されたが、色相別では紫の選択者数が最も多かった
3.2の実験
寒色系より暖色系の色をかわいい色として選ぶ実験協力者が多い
3.3の実験
暖色系である赤よりも寒色系である青や緑をかわいいオブジェクトの色として選択する実験協力者が多かった
これまでの結果を詳細に検討し直す
3.2の実験では、紫と赤の中間色である赤紫の選択者が最も多く、次いで黄の選択者が多い
バーチャル環境を利用した実験では、紫や黄を対象としていなかったことが、暖色系の色がかわいい色として選択されなかった原因であったと推測される
3.3実験のようなプロジェクタを使用した実験ではRGBの3色を検討対象としていたが、それでは色相に関して正しい結果を導けないことが今回の実験で確認された
また色相別の明度と彩度の主成分分析の結果、第1主成分として明度と彩度を分別する軸が抽出されたことから、かわいいオブジェクトの選択には、色相に依存せず明度と彩度から決まる基準の存在することが示された
一番かわいいオブジェクトの色相や主成分分析の結果に男女による違いが認められたが、人数が12名ずつと少ないため、これが個人差なのか男女差なのかは明確ではない
d. 追加実験
マンセル表色系の基本5食が対象だったが、3.2節の結果から中間5色(黄赤、黄緑、青緑、青紫、赤紫)の重要性が示唆された
これらを対象とする追加実験
対象は色相ごとに以下の4種類
https://gyazo.com/e1086d59f58562ffb59d12dc508132de
1) 最も明度は高いが彩度が0の無彩色
2) 基準色より明度が高く彩度が低い色
3) 基準色(明度・彩度ともに高い色)
4) 基準色より明度が低く彩度が高い色
同時に提示
https://gyazo.com/1ee49e1541adcecf2225131bce144d7e
本来は痛みなどを客観的に評価するために「無痛」から「最強の苦痛」までの表現を線分上に回答する方法
「まったくかわいいと感じない」↔「非常にかわいいと感じた」
自覚的な心理量測定には、一般的に段階尺度による評定法あるいは量推定法が用いられることが多いが、VAS法は後者に近い性質を持っている 「集団平均値の変動」だけでなく「個人内変動」も問題にしている
微細な個人内変動をデータ化することに意味があり、量推定法が有効と考えられた
さらに同一の調査を2度繰り返すというという手続きには不可避的に記憶実験的な要素が入り込む
その点を曖昧にしたアナログ尺度の方がより適切であると判断した
実験は2010年9月に正常色覚者である20代の男女各10名に対して行った
まず得られた評価点に対し、①白色の評価点を基準に基準化した
https://gyazo.com/2a04ff5bb4fd7025287eeaf26add2cb6
男性は青緑④、黄赤④、緑③が、女性は黄赤④、赤紫③、黄緑③、青緑④が「かわいい」評価の平均が特に高い傾向にあった
②明度が高くて彩度が低い色は男女共通して「かわいい」の評価の平均が低い傾向があった
「かわいい」の評価に対して性別、色相、明度・彩度で三元配置の分散分析を行った結果、性別、色相、明度・彩度について有意な主効果があった これより、色相ごとに「かわいい」と感じられる明度・彩度の傾向が異なることがわかった
また、どの色の評価について男女が差であるのかを調べるために、差の検定を行った結果、赤③、黄緑③、紫②、黄赤③、赤紫③について有意差があった
純色④は、どの色相についても有意差がなかった
さらに同一の実験協力者に対して、2010年12月に同一の実験を行った
9月の実験結果と異なる場合があったものの、全体として実施時期による統計的に有意な差はなかった
以上をまとめると、以下となる
男女ともに、色相は中間色で、明度と彩度がともに高い色あるいは純色の「かわいい」の評価が高かった
男女ともに評価が高かった色は、黄赤の純色と青緑の純色であった
女性の方が「かわいい」の評価が統計的に高い色があった
3.5 かわいい大きさ
結論
一般に小さい方がかわいい
小さすぎると例えば虫のように見えてかわいいと感じなくなってしまうなど、小ささにも限界がある
3.6 かわいいテクスチャ(見た目の質感)
形、色、大きさの次に対象とする物理属性を探るためのアンケートの結果、テクスチャ(見た目の質感)が重要であることがわかった
a. アンケートの実施と解析
他大学の学生46人に対し、これまで行ってきた「かわいい人工物」に関する研究を紹介した上で、「かわいい」と思うものを5つあげ、その理由も含めて記述してもらうアンケートを実施した
「かわいい」としてあげられたものを、生物、人工物、キャラクタの3種類に分け、それぞれの「かわいい」と思う理由に対して形態素解析を行い、ヒストグラムを作成した https://gyazo.com/470760427681cdab6d162a8e7f445b16
これらから、物理属性のみを抽出してまとめたヒストグラム
https://gyazo.com/e1b6f431e9146f801e6c070e449d5a42
すでにこれまで、形、色、大きさについては検討を行ったので、この結果から、次の対象を「質感」とすることにした
なお、「しぐさ」が、生物のかわいい理由の上位にあるが、これは枕草子でもあげられていた 生物ではなく人工物ではあるが、筆者はソニーのAIBOの動きの「好ましさ」の評価を行っており、その後「かわいい」動きについても研究を進めた
また菅野らは、iRobot者のRoombaのかわいい動きについても研究している
b. 画像テクスチャを用いた実験の実験方法
質感のテクスチャは13種類のカテゴリの中から広い範囲をカバーするように9種類を選定
https://gyazo.com/1163fea7e0818f9c1eda951c41c3561d
これまでの研究結果や予備実験から、オブジェクトの形は円柱、色はピンクとし、円偏光メガネで立体視可能な46インチLCDを使用して提示
上述したオブジェクトを順番に呈示し、実験協力者にそれぞれのオブジェクトを「かわいい-かわいくない」で7段階評価し、その理由も含め、口頭で回答してもらった
最後に再び全てのオブジェクトを実験協力者に提示し、最もかわいいオブジェクトを選択し、その理由も含め回答してもらった
提示するオブジェクトの順番は実験協力者ごとにランダムとし、提示時間は20秒
c. 画像テクスチャを用いた実験の実験結果
実験は20代の男女各9名、計18名に対して行った
どのテクスチャのオブジェクトも「かわいい」という正の評価と「かわいくない」という負の評価の両方があった
比較的正の評価が多かったのは⑨、⑧、③、④
逆に負の評価が多かったのは⑥と②
つまり、平均的に見るとテクスチャによって「かわいい」という評価に大きな差があり、人工物のテクスチャは「かわいい」感に大きく影響することが推測された
最もかわいいオブジェクトの集計結果では、⑨の選択者が最も多かった
また、それぞれのテクスチャのオブジェクトに対し性の評価をした場合の理由の形態素解析の結果
https://gyazo.com/8f36b6d4a2caddbd858822bbad2f41da
この図から「ピンク色」や「模様」以外に、「やわらかい」「ふわふわする」「触りたくなる」といった食感に関する言葉が多くあがり、動物の毛のような⑨のテクスチャの選択者が最多だった点にも鑑み、かわいいテクスチャ(見た目の質感)に触感の連想が関係する可能性も示唆された
3.7 かわいい触感
「やわらかい」「ふわふわする」などの触感を想起するテクスチャが「かわいい」と評価されることがわかったことから、これまでの視覚以外のモダリティとして触覚に着目し、かわいい触感に関する実験を行うことにした ここで触刺激を与える触素材として、電気通信大学の坂本真樹教授が収集された触感のオノマトペに対応する触素材を用いることにした ここでは「モコモコ」「ペタペタ」など②音節の繰り返し構造を持つオノマトペのみを対象として、それを表現する120種類の触素材が収集された
収集に際しては、触感を快と不快に分類し、それぞれの個数がほぼ均等になるように留意された
触素材を使用することにした理由
オノマトペに対応づけられていることから、触感を言葉で説明することができる
快不快に対応付けられていることから、かわいい触感と快不快の関係がわかる
a. 触素材を用いた予備実験の実験方法
坂本により収集された120種類の触素材のうち入手可能であった109種類を実験対象とした
これらの触素材は「かわいい」触感を念頭に置いて収集されたわけではない
これらの触素材が「かわいい触感」の実験に使用できるかどうかの確認、さらに使用できる場合には食素材の数の絞り込みの2つを目的として実験を行った
①実験協力者には、触素材が見えないよう、アイマスクをしてもらい、また指の脂や水分、さらに触った触素材が指に付いた場合は、手元の脇に置いたタオルを適宜使用してもらう
②基準の触素材を決める
③実験協力者に、基準の触素材を利き手の人差し指の腹部で触ってもらい、さらに腹部を前後に動かして触感を確認してもらう
④実験協力者に基準以外の触素材(比較対象)を基準の触素材同様に触ってもらい、比較対象が基準より「かわいい」「同じぐらい」「かわいくない」の3択で口頭で回答してもらう
⑤基準以外のすべての触素材を比較対象として③を繰り返す
⑥すべての比較が終了したら、「同じぐらい」と評価された触素材を除外し、「かわいい」と評価された触素材群および「かわいくない」と評価された触素材群それぞれに対し、②〜⑥を繰り返す
繰り返しは触素材群の触素材数が1つまたはそれ以下になったら終了
b. 触素材を用いた予備実験の実験結果
男女各2名、計4名に実験
1人当たり実験時間は2~3時間
4名それぞれが2階続けて基準よりかわいいと評価した触素材の数は、それぞれ15, 24, 16, 19
4名全員に共通していた触素材は4種類
4名中3名に共通していた触素材は8種類
一方、2回続けて基準よりかわいくないと評価した触素材の数は、それぞれ8, 32, 16, 5
全員に共通していた触素材はない
3名に共通していた触素材は4種類
https://gyazo.com/bae11d4cabf878b430ea798f3feb3a95
実験協力者全員が「比較的かわいい」と評価する触素材、実験協力者の多くが「比較的かわいくない」と評価する触素材の存在が確認できたと考えられる
同じぐらいと評価された触素材どうしを同順位とし、実験協力者ごとに比較結果から食素材を順位付けし、さらに平均順位も算出した
平均順位は触素材ごとに異なり、「かわいい」の評価が触素材ごとに異なることが示された
それぞれの触素材について、坂本らの先行研究における快・不快の評価値と平均順位の散布図 https://gyazo.com/81dfd826ecc2eff311eb4f5b495a50ee
おおむね快・不快の評価値が大きいほどかわいい平均順位が高い傾向にある
しかし、どちらかと言えば快(0~1)という触素材には平均順位が80位前後という比較的低い順位のものもあり、一方、やや不快(-0.5~-1.0)な触素材に平均順位が20位以内というものもある
今回の実験協力者が4名えでありしかもその触素材ごとの順位の差がかなり大きかったことから、明確な結論は出せないものの、一考に値する結果
平均順位から上位20位までの触素材と下位20位までの食素材に対応するオノマトペの第1音節の母音と子音について、その出現階数と割合を算出
https://gyazo.com/90a0bc6380b102af7d74865b8a938ffd
ここで第1音節の母音と子音を解析対象としたのは、今井で、これらが感覚イメージと関連が強いとされていたから 出現回数の合計が204になっているのは、ほとんどの触素材に2種類のオノマトペが対応していたため
/a/, /u/, /o/gかわいい触素材に対応する場合が多く、/i/, /e/がかわいくない触素材に対応する場合の多いことがわかった
これは坂本らによる先行研究において、/u/と/a/が快、/i/と/e/が不快と結びついていた点に呼応する また、子音については、/h/と/m/がかわいい触素材(e.g. 「フサフサ」「モコモコ」)、/j/と/g/と/p/と/z/がかわいくない触素材(e.g. 「ギイギイ」「ゴロゴロ」「ペトペト」「ザラザラ」)に対応する事が多かった
これには先行研究の/h/と/s/と/m/が快、/z/と/sy/と/j/と/g/と/b/が不快という結果とは共通する点と相違する点がある
これらの結果からも、快と感じる触素材とかわいいと感じる触素材、あるいは不快と感じる触素材とかわいくないと感じる触素材が必ずしも一致するとは限らないといえる
c. 触素材を用いた予備実験のまとめ
触感のオノマトペに対応する触素材を用いて「かわいい触感」に関する基礎的な検討実験を行った結果、以下がわかった
1. 使用した触素材を対象として「かわいい」あるいは「かわいくない」という評価が可能である
2. 食素材の快・不快の評価値が高いほど「かわいい」の平均順位は概ね高いが、必ずしもそうではない場合もある
3. 触素材に対応するオノマトペの第1音節の母音と子音に関して、母音では/a/と/u/と/o/、子音では/h/と/m/がかわいい触素材に対応する場合が多く、母音では/i/と/e/、子音では/j/と/g/と/p/と/z/がかわいくない触素材に対応する場合が多い
d. 触素材を用いた年代性別による違いを調べる本実験
以上の結果をふまえ、109種類の触素材から以下の条件で24種類を選択した
最もかわいいから最もかわいくないまでの広範囲からまんべんなく選択する
関連するオノマトペの第1音節の母音が/a/と/u/と/o/のいずれかであるものを選択する
すべての子音が少なくとも2回は、関連するオノマトペの第1音節の子音になるように選択する
実験協力者にはアイマスクをしてもらい、予備実験と同様の手順で触素材を比較し、どちらがかわいいかを回答してもらった
内訳は10名の20代男性、10名の20代女性、5名の40~50代男性、および5名の40~50代女性
https://gyazo.com/224df33b3a45989750df1c84343cef88
これらの平均順位にはグループ間で0.73~0.88の強い相関があったことから、性別・年代には差がないことがわかった
さらに以下のことがわかった
平均して最もかわいい触素材は、性別や年代に関係なく、ムートン、コットン、シープボア、カーペットだった
最もかわいい触素材に関連するオノマトペの第1音節の子音は/f/と/m/、最もかわいくない触素材の方は/z/と/j/と/g/だった
さらに、最もかわいい触素材は「もこもこ」「やわらかい」「動物の毛のよう」といった物理的特徴を有していた
この傾向はこれまでのテクスチャの実験や触感の予備実験の結果と同様
e. まとめ
かわいい形、色、大きさに加えて、かわいい触感も評価することができた
かわいい色素材の物理的特徴がかわいいテクスチャから想起される特徴と同じで、またそれが性別や年代に依存しなかった
これらは、かわいい質感を持つ魅力的な工業製品を製造する上で役に立つ結果であり、特に性別や年代に依存しない点は、好都合な結果だと言える
3.8 ビーズを塗布した樹脂表面の感性評価
前節の実験では、触素材の物理特性がばらばらだったため、「かわいい」の程度と対象の物理属性との関係を定式化できないという問題点
そこで、ビーズを均一に塗布した樹脂表面を対象として、「かわいい」を含めた感性評価を行う
ビーズは材質が3種類で、その物理属性である硬さと粒子径を系統的に展開した
a. 樹脂サンプル
ビーズを塗布した樹脂表面サンプルは、コーヒー缶状の容器の側面に巻きつけた
材質3種類、ビーズの粒子径が7種類、硬さが4種類
樹脂の各材質にビーズを塗布しないサンプルも準備した
さらにそれぞれに対して容器の重さを2種類準備し、総サンプル数は66種類
b. サンプル類似度評価実験
サンプルの類似度を評価する予備実験を行った
感性評価におけるサンプル数を絞る目的
対象とするサンプルはビーズを含まないサンプルを除いた60種類
「似ている」1.0「どちらでもない」0.5「似ていない」0
視覚提示および触覚提示とし、提示方法はカウンターバランスをとっった
6名の20代前半の学生を対象として実験を実施
視覚提示と触覚提示のどちらでも平均値が0.8以上の場合に片方のサンプルを除外することにし、また重さの軽重で差がなかったことから以降の実験で使用するサンプルは、軽いサンプルのみで28種類とした
c. 感性評価項目類似度評価実験
「かわいい」以外の感性評価項目も対象にしていたため、参考文献から視覚・触覚に関連する形容詞対や形容詞を収集し、それらから類似度の高い形容詞対や形容詞を除外する目的で、類似度を評価する予備実験を行った
ビーズなしのサンプルを基準として、それ以外の11サンプルに対して形容詞対および形容詞を用いて感性評価を行ってもらった
形容詞対は7段階評価、形容詞は5段階評価とした
いずれについても「判断できない」場合にはその旨回答してもらうことにした
https://gyazo.com/e8e4b057a56af57c64f0079a9c62747c
d. 感性評価実験
以上の2種類の予備実験の結果を踏まえ、3種類の材質でビーズの硬さと粒子径の異なる樹脂表面の感性評価実験を実施した
対象サンプルは28種類、感性評価項目は表3.12の形容詞対・形容詞
サンプルの提示方法は視覚・触覚・視触覚の3種類
提示順序は視触覚は必ず最後として、視覚提示と触覚提示でカウンターバランスをとった
基準のサンプルはビーズを含まない3種類とし、評価方法は前項の予備実験と同様とした
実験協力者は20代男女各12名、40~50代男女各12名ずつの計48名
各感性評価項目に対して、提示方法ごとに「ビーズの硬さ・樹脂の材質・性別」および「ビーズの粒子径・樹脂の材質・性別」の三元配置の分散分析を行った 「かわいい」に対するビーズの硬さ・樹脂の材質・性別に対する分散分析では、触覚提示でビーズの硬さに有意な主効果があり($ p<.05)、柔らかいほど評価が高かった また「かわいい」に対するビーズの粒子径・樹脂の材質・性別に対する分散分析の結果は以下の通り
すべての提示方法で、ビーズの粒子径に有意な主効果があり($ p<.001)、粒子径が小さいほど評価が高かった
視覚提示および視触覚提示で、性別に有意な主効果があり($ p<.01)、女性の方が男性より評価が高かった
さらに、それぞれの分散分析において要因間に交互作用のある場合があったが、ここでは省略 また、以上の結果に基づき以下の重回帰式を仮定して年代ごとに重回帰係数を求めた(logは常用対数) $ y=a+b\log x_1+cx_2+dx_3+ex_4+fx_5+gx_6
$ yは評価項目の評価平均点
$ x_1はビーズの粒子径の数値($ \mu)
$ x_2, x_3は樹脂の材質VI, FPのダミー変数($ 1か$ 0)
$ x_4, x_5はビーズの硬さH, SHのダミー変数($ 1か$ 0)
$ x_6は女性ダミー変数(女性$ 1, 男性$ 0)
この式により、ビーズの粒子径や硬さや実験協力者の性別の評価への影響が一元的に表現できる
視覚提示における「かわいい」に対する重回帰式
$ かわいい=4.45-1.46\log x_1+0.31x_2+0.13x_3-0.21x_4-0.17x_5+0.30x_6 \quad (20代)
$ かわいい=5.05-1.83\log x_1+0.28x_2+0.23x_3-0.06x_4-0.21x_5+0.06x_6 \quad (40〜50代)
この式から、視覚提示における「かわいい」の評価は、ビーズ径が大きいほど、またビーズの硬さが硬いほど低く、また20代では女性の評価が男性と比較して高いが、40~50代ではそれほど男女に差のないことがわかった
さらに20代の実験結果に対して、感性評価に使用した評価項目間の相関分析bを行った https://gyazo.com/61ddef3d5facab5d06f684f86d9a1516
e. まとめ
感性評価がビーズの粒子径による影響が大きいことや性別間の差が明らかになった
20代の方が「かわいい」の評価に対する男女差が大きいこともわかった
3.9 かわいい音
聴覚情報における「かわいい」要素を明らかにすることを目的として実験
音の大きさ
音の高さ
音色
a. かわいい音色に関する実験
音色について「かわいさ」を評価してもらう実験
使用する音
オーケストラに用いられる楽器の音色にオルゴールの音色を加えた計16種類
テンポが120bpmで440Hzの実音ラの全音符を鳴らし、2拍空けて全音符をもう一度鳴らしたもの
音圧は38±1.5dBAに設定
「かわいさ」の評価にはVAS法を使用した
https://gyazo.com/55ae89d63ae52146c415878b405d88c3
「かわいさ」の評価点数に対して音色で一元配置の分散分析を行った結果、1%水準で有意な主効果があった
これより、音色によって「かわいさ」の評価が異なることがわかった
また、多重比較の結果、以下に有意差があった($ p<.05)
オルゴールとヴァイオリン
オルゴールとバスーン
オルゴールとトランペット
オルゴールとグロッケンシュピール
ビブラフォンとバスーン
ビブラフォンとトランペット
ビブラフォンとグロッケンシュピール
この結果より、オルゴールとビブラフォンが「かわいさ」の評価点数の平均値が低かった4種類の音色と差があることがわかった
下位の音色の標準偏差が比較的大きい→「かわいくない」と感じる音には個人差が大きかったと考えられる
以降の実験で用いる音色はオルゴールとビブラフォンとした
音色の周波数解析
オルゴールとビブラフォンは基音の成分が強く、下位の音色は基音以外の成分が比較的強いことがわかった
基音の成分が強い方が「かわいいと感じる可能性が示唆された
b. 「かわいい」音の大きさに関する実験
音の大きさが「かわいい」にどのような影響を与えるのかを調べる目的で実験を行った
実験には以下の条件を組み合わせた計12種類の音
音色が2種類(オルゴール・ビブラフォン)
音の高さが3種類(440 Hz, 880 Hz, 1760 Hz)
音の大きさの初期値が2種類(31 dBA, 51 dBA)
テンキーを用いる
5で音が2秒間提示
テンキーで音の大きさを調整し、再度聞いてもらう
以上の流れを「かわいい」と感じる音の大きさになるまで行ってもらう
音の大きさは、テンキーを押すごとに約0.4 dBA変化する
なお、暗騒音は約30.0 dBAだった
参加者
20代男性8名、20代女性8名の計16名
「かわいい」と感じる音の大きさの平均値と標準偏差
https://gyazo.com/f11520077a26840d69935d0b49685645
音の大きさに対して、音の高さ、性別で二元配置の分散分析を行った
音の高さの主効果は1%水準で有意
音の高さに対して多重比較
440Hzと1760Hzの間に有意差があり、1760Hzの方が440Hzより音の大きさの平均値が大きかった
これより、音の高さによって「かわいい」と感じると音の大きさが異なり、音の高さの高い方が「かわいい」と感じる音の大きさが大きい可能性が示唆された
性別の主効果が5%水準で有意
女性の方が「かわいい」と感じる音の大きさが大きいことがわかった
c. 「かわいい」音の高さに関する実験
4種類の音
オルゴール, 音の高さ初期値: E4(329.63 Hz)
オルゴール, 音の高さ初期値: A6(1760.0 Hz)
ビブラフォン, 音の高さ初期値: E4
ビブラフォン, 音の高さ初期値: A6
参加者
20代男性8名、20代女性8名の計16名
結果
「かわいい」と思う音の高さとしてC7(2093 Hz)が最も多く選択された
C7の音は今回提示した音の中で最も高い音であるため、これ以上の音がもっと「かわいい」と評価される可能性がある
d. まとめ
音色によって「かわいさ」が異なり、基音の成分が強い音色の方が「かわいい」と感じられることが推測された
音の大きさに対しては、音の高さによって「かわいい」と感じる音の大きさが異なることがわかった
今後、音の高さと音の大きさを組合わせた実験を行う必要がある
音の高さに対しては、C7以上の音が「かわいい」と感じられることが推測された
おわりに
形は、曲線系のほうが直線形よりかわいい
色は、色相は中間色(黄赤・青緑・女性は赤紫)で、明度彩度ともに高い色あるいは純色の方がかわいい
大きさは、ある程度までは小さい方がかわいい
動物の毛のようなふわふわするテクスチャがかわいい
オノマトペで「フサフサ」「モコモコ」で表される/h/や/m/を子音とする触素材がかわいい
ビーズを塗布した樹脂表面については、ビーズの粒子径が小さくビーズの硬さが硬くない方がかわいい
オルゴールやビブラフォンなど基線成分の強い音色の音がかわいい
音の大きさは、比較的小さい方がかわいいが、音の高さに依存する
音の高さは高い方がかわいい
なお、第2章および第3章の内容に関連して、詳細な背景調査と、外国人を対象とした実験およびその結果の解析について、2012年にCheokらにより発表されている